ミクロとマクロ

昨日の日記

ちょっと一服

2時間水玉をかいていると目が疲れた。なにせ筆が悪いので描きにくい。水玉は正面では円だが膝の上はだんだん横長の楕円になる。太ももの下では縦長の楕円になる。機械的に円で描いては不自然になる。そこに明のトーンが入る。頭が痛くなる。午前はFTで裸婦の粘土をやる。時間の無駄がなかった。

大事なものは何か。時間。

欲しいものは?  時間。

何度見ても好きな絵

フローラ

戦闘開始

水玉模様のワンピースを大体描きおわると絵が新鮮な感じになた。水玉の形は後で整理する。今度はボレロをもっとレアルに描かねばならなくなった。制作中の絵が強制するのである。絵というものは作者の最初の意図から出発してそれなりの法則で動き出すのであろう。花の部分は空白のままだがいつまでもほったらかせない。そして顔に戻る。すると覆いかぶさるようあ木立の葉がこれでいいのか問題になろう。

ぼくはこの絵に何を表現したいのか。一人の若い女性に託して人間の尊厳を表したいのである。すべてはこの一点に集約される。

巨視的に世界と日本を見るならば,アメリカが北朝鮮を攻撃する日が迫っている。それは中国に拡大し核戦争が必然である。恐るべき時代が来る。

ぼくの蚊の鳴くような芸術創作がある。現代、一人の人間は世界的存在である.個を追求することを通して世界を表現する以外に方法はないだろう。哲学的になった。独り言なら許されよ。

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