〓気づき

●ブラックジョークのような世界に生きる私達

【読者】

高校生になる子供のバイトは、今月をもって終了となりました。

そろそろ勉強にシフトしたら?

そうだね〜といった感じです。

テスト前で微熱があっても人が足りないということでバイトを休めず、そしてバイト後に高熱を出して、翌日の学校のテストを欠席したこともありました。

(「いったい何のためのバイト??」といった残念なところでしょうか)

しかし、お金をもらう仕事は簡単に休めないってことを学んだと思います。また、バイト先で理不尽をたくさん経験したようで、

「俺、きちんと稼げる仕事がしたい。だから勉強する。」

と、願ったり叶ったりの言葉が息子の口から飛び出た時は、(リーマンさ〜ん!やりましたよ♪)と心の中で叫んでいました。一つの経験が無事に終了しました。見守ってくださった多くのものに感謝します。

【感想】

ダラダラと予備校にイヤイヤ勉強しに行くよりも、このような「社会の現実」を早めに経験することは、今後の勉強への真剣さの為にも非常に良いことだと思います。

学生生活と、ぬくぬくとした家の中だけを世界の現実だと勘違いしていますと、社会に出た時に、

「何これ〜!?」「辛いことばかり」

と人は成ってしまいます。

私の知人の息子に、有名な進学校に通いながら陰でパチンコと雀荘に通う高校生がいました。

激怒した親は、親戚が経営する会社で夏休みの1ヶ月間、搬入機材を使用できない狭いビルの現場の中にブロックを手で持って搬入するバイトを息子にさせました。

知人の息子は夏休みが終わった頃には、体が一回りも逞しくなり、その現場で体験した辛さから「医者に成る!」と自分から言い出し、そのように実際に医師に成りました。

*現場で見た、色々な、会ったこともないような人達。

*その中には、体調が悪いのに治療を受けず、我慢しながら信じられないほどキツイ仕事を黙ってしている人もいたこと。

*危険な現場で、罵倒の中で、理不尽を体験し、もうこれならば社会の中で「自分は何でも出来る」「何でもやってやる!」と思えたこと。

これで彼の人生は変わりました。

ここでも、「人間 万事塞翁が馬」(にんげん ばんじさいおうがうま)。

私たちの何が幸いに・不幸に、転じるのかは未知なのです。

次に思いますことは、

*「本末転倒」(ほんまつてんとう:本質・目的と枝葉のこととを取りちがえること)

更には、

*世の中には、「元も子もなくしてしまうこと」(元金も利息も失う、何もかも無くしてしまうこと)

があります。

思いつく事例では、

・幸せに成るために、苦労して勉強し、大企業に入社する。

でも、激務のために過労死をしてしまう。

・もっと幸せに成りたくて、贅沢をしたくて、不倫して離婚。裕福な相手と再婚する。

でも、その後に再婚相手が倒産と破産をする。自分が捨てた、以前の家族のことを思い出す。

・健康に成りたくて、痩せたくて、夜に外でランニングしている時に自動車に跳ねられた。

つまり、コノ世は何て難しい世界なのでしょうか?

誰もが常に、善悪の両面の上に立って居るということなのです。

そして、これを分けるのが、運命を変えるのが・・・、

*その人に、感謝の心が有ること。

*先祖(遺伝子の集合体)にも感謝する人。

*神様にもお願いではなくて、「既に生かされていることに」感謝の気持ちを持てること。

*ほどほどを知ること。

このようなことが、仕事にも、交友にも、家族にも、金運にも、影響することを感じます。

この気持ちさえ有れば、

・今が悪い状態でも大丈夫です。すべては、より良く成る為の試練であり、貯金です。

そして何かを選択する時は、「なんとなく」物事の良し悪しが、自分で分かるように成って行くのです。

・正しい霊感は、感謝の気持ちから生じるものなのです。

このようなことを覚えて置いて頂ければ、幸いです。

コノ世は、難しい世界だからこそ、生まれ出て挑戦する価値が誰にでも有ります。

人は年齢は関係なく、死ぬまで色々なチャンスに満ちています。

物事が変わる時は一瞬で起こります。

やってやろうではないですか〜〜。

Pleiades.の髭男

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